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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)54号 判決 1987年4月14日

原告

石井勝三郎

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和55年審判第2111号事件について昭和60年2月6日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文第1、2項同旨の判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和52年2月5日、名称を「定着ねじの強圧緩み止め方法」(後に「締着部材の強圧緩み排除方法」と補正。)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和52年特許願第12014号)をしたところ、昭和54年11月28日拒絶査定があつたので、昭和55年2月21日審判を請求し、同年審判第2111号事件として審理された結果、昭和60年2月6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年3月9日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

ボルト、ナツト、ねじ等の締着部材の締着面を、締着時に同径におけるねじピツチの寸法差がある等により締着力に差違ある場合のその締着力に適合した所要角度の断面凸状斜面に形成し、これに係合する座金は中実環状の板体でその全周において切目がなくこれが締着時に周開した際元の位置に戻ろうとする上記締着力に適合した所要の弾性を有しその受圧面を該凸状斜面にほぼ合致する断面凹状斜面に形成し被締着物を一次締着する際その凹凸状斜面を係合して該座金を外周方向に斜圧周開しその座金の弾性による周縮作用の二次締着力を生起させこれを上記一次締着力に付加しその蓄積した二次締着力によつて上記締着部材の各係圧部面に自然的な緩みが発生した際に自動的にこれを排除するようにしたことを特徴とする締着部材の強圧緩み排除方法。

(別紙図面(1)参照)

3  審決の理由の要点

本願発明の要旨は前項のとおりと認められる。

これに対して、昭和51年実用新案出願公開第38159号公報(以下「引用例」という。)には、次の事項が図面とともに記載されている。

「ボルト、ナツトの締着部材の締着面を凸状テーパ面に形成し、これに係合する座金はその受圧面を該凸状テーパ面に合致する凹状テーパ面に形成し、被締着物を締着するに当たり上記凹凸状テーパ面を係合して締着部材の各係圧部面の緩みを防止したこと」

してみると、本願発明と引用例記載のものとは次の点で一応の相違が認められるが、その他の点では実質的に相違するところが認められない。

①  本願発明における座金は、中実環状の板体でその全周において切れ目がなくこれが締着時に周開した際元の位置に戻ろうとする締着力に適合した所要の弾性を有しているのに対し、引用例記載のものにおける座金はかかる構成が明確でない点。

②  本願発明においては、被締着物を一次締着する際座金を外周方向に斜圧周開しその座金の弾性による周縮作用の二次締着力を生起させこれを上記一次締着力に付加しその蓄積した二次締着力によつて締着部材の各係圧部面に自然的な緩みが発生した際に自動的にこれを排除するのに対し、引用例記載のものはかかる構成が明確でない点。

そこで、まず上記相違点①について検討すると、引用例記載のものにおける座金も緩み防止という観点からみると、受圧面を凹状テーパ面に形成している以外の構成は通常の座金の構成を供えているものと認められ、しかも通常の座金は中実環状の板体でその全周において切れ目がなく所要の弾性を有しているものであるから、本願発明における上記相違点①の構成が格別の作用効果を奏するものとは認められない。

次に、上記相違点②について検討すると、締着部材により締着する場合、一般的には締着部材が破壊しない程度の締着力によることが常套手段であり、締着部材の各係圧部面が凹凸テーパ面に形成されたものを上記常套手段により締着すれば、通常の材質により構成された座金であれば当然ミクロ的には外周方向に周開するものであり、したがつて本願発明でいうような座金の弾性による周縮作用の二次締着力を生起させることができ、このことはその結果として本願発明でいう二次締着力を一次締着力に付加しその蓄積した二次締着力によつて締着部材の各係圧部面に自然的な緩みが発生した際に自動的にこれを排除することとなるのであつて、本願発明における上記相違点②の構成が格別の作用効果を奏するものとは認められない。

以上のとおりであるから、本願発明は引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決は、本願発明と引用例記載のものとの間の相違点①、②についての判断を誤り、本願発明が奏する格別の作用効果を看過、誤認し、ひいて、誤つて本願発明の進歩性を否定したから、違法であつて、取り消されるべきである。

1 ボルト、ナツト等を締着した場合、締着以後には緩みが発生する。まず、製作上の誤差によつてボルト、ナツト等の係圧が全面的でないこと及び引圧されたボルト棒部が日数の経過に伴い自然的に順応することによつて、締着部材の各係圧部面にわずかな緩みが必然的に発生する。これが一次緩みである。この一次緩みにより、係圧部面が微動摩擦し、わずかに摩耗することにより、ボルト、ナツト等が少し戻回する。これが二次緩みである。

この二次緩みの発生は、一次緩みが根本的な素因となつている。そこで、本願発明では、一次緩みを排除するため、締着力で周開された座金の強い弾性を備えた周縮作用力と斜状面の係合を利用し、ナツト等の押圧した凸状斜面に対して外周方向から内方向に楔を打ち込むような作用を、座金の凹状斜面に行わせることにより、強い締め圧力の二次締着力、すなわち、座金の弾性によつて生ずる周縮力によつてナツトの頭部を引き上げる力を生起させ、この二次締着力によつて、わずかな一次緩みが発生すると同時に、直ちに自動的にこれを排除し、良好な締着状態を持続的にしたのである。しかも、本願発明の図面第1図(別紙図面(1))においては、座金1、ナツト7の凹凸状斜面の係合角度を23度等に適宜減少することによつて、座金1の過大周開を防ぎ、座金1の良好な周開を行わせており、第2図(別紙図面(1))においては、小ねじ17(ナツトのピツチが2分の1の細目のもの)は、締着力が2倍に増加し、過大周開になるから、小ねじ17と座金2の係合角度を25度等に適宜に減少して、座金2の良好な周開を行わせている。

2 しかるに、引用例には、座金受圧面の凹状斜面とナツト押圧面の凸状斜面を係合させる角度を利用して、座金が過大周開又は過小周開されずに良好な周縮作用力を生起させ、発生する一次緩みを自動的に直ちに排除することについての記載がなく、しかも、引用例記載のものにおいて、座金は普通鉄であつて、弱い周縮力しかなく、さらに、平座金2aのナツト1aに対する係合角度が約50度であつて(引用例の第2図、第3図(別紙図面(2))参照)、過大周開するから、強い周縮力を必要とする一次緩みの排除をすることはできない。しかも、この平座金2aは過大周開されるたびに順応し、周開前の位置に周開復帰することができなくなる。したがつて、引用例記載のものにおいては、ひいては、二次緩みが逐次に発生するのである。

3 以上述べたとおり、本願発明においては、相違点①、②の構成に基づき、一次緩みを自動的に直ちに排除し、二次緩みを発生させず、安全であつて使い易く、かつ経済的にできるという、引用例記載のものにはない格別の作用効果を奏する。

第3請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決には原告主張の違法はない。

1 原告は、引用例記載のものは、締着部材の「一次緩み」の発生を考えていないもののように主張する。しかし、原告主張の「一次緩み」は、本願発明の要旨中の、「自然的な緩み」を指すものであり、本願明細書(昭和56年4月3日付け手続補正書添付の訂正明細書。以下同じ)第2頁第2ないし第5行に記載されているように、「締着部材による締着以後における緩みの発生状態は、その締着したその圧力によつて、締着部材の各係圧部面が日数の経過により自然的に順応し僅かな一次緩みが必然的に発生する」のであり、これが「一次緩み」ということになる。したがつて、このような「一次緩み」は、引用例記載のもののようなボルト、ナツトによる締着部材においても必然的に生じる。そして、そのような条件下において、ボルト、ナツトによる締着部材の緩みを防止するのであるから、引用例記載のものは、「一次緩み」を考慮していないということにはならない。このことは、引用例中の第3図(別紙図面(2))におけるナツト1aに対する平座金2aの働く力関係からも理解することができる。

2(1) 原告は、引用例には、両凹凸状斜面を係合させる角度を利用して、良好な周縮作用力を生起させ、発生した「一次緩み」を排除する作用についての記載がない旨主張する。しかしながら、両凹凸状斜面を係合させる角度を利用する点は、本願発明の要旨にある「所要角度」を指すものであるところ、引用例記載のものも平座金2aとナツト1aとが接する部分を互いに相応するテーパ面に形成したことによりナツト1aの緩みを防止するものであるから、右テーパ面を形成する角度は、ナツト1aの緩みを防止するための所要角度を具備している。

(2) また、原告は、引用例には、発生する「一次緩み」を自動的に直ちに排除することについての記載がなく、引用例記載のものは普通鉄の座金の弱い周縮力しかなく、さらに、平座金2aのナツト1aに対する係合角度が約50度であつて過大周開するから、強い周縮力を必要とする「一次緩み」の排除をすることはできず、「二次緩み」が発生すると主張する。しかしながら、引用例記載のものにおける座金も、通常の座金と同様な所要の弾性を有するのであり、かつ締着部材により締着する場合、一般的には締着部材が破壊しない程度の締着力によることが常套手段である。したがつて、引用例記載のものにおけるボルト、ナツトによる締着部材のナツトと、所要の弾性を有する座金とが接する部分を互いに相応するテーパ面に形成して、これを右常套手段によつて締着すれば、座金はその所要の弾性により、ミクロ的には、当然外周方向に周開する。そうすると、本願発明の要旨中にあるように、「座金の弾性による周縮作用の二次締着力」を生起させることができ、その結果として、「二次締着力を(中略)一次締着力に付加しその蓄積した二次締着力によつて上記締着部材の各係圧部面に自然的な緩みが発生した際に自動的にこれを排除する」のである。このことは、引用例の第3図(別紙図面(2))におけるナツト1aに対する平座金2aの働く力関係からも理解することができ、本願発明における座金の周開と周縮作用が、引用例記載のものにおける平座金2aに比して格別の作用効果を奏するものではない。

(3) 原告の右(2)摘記の主張は、「一次緩み」を排除するには、座金の強い弾性による強い周縮力を必要とする旨の主張を前提とするものであるが、座金の強い弾性は、座金の材質に起因することであつて、本願発明において座金の材質についての要件は規定されていないし、しかも、強い弾性を必要とするに当たつて強い弾性力を有する材料を選択することは、機械設計における基礎技術にすぎない。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 原告は、本願発明においては、一次緩みを排除することを目的としているのに対し、引用例には、一次緩みを自動的に直ちに排除することについての記載がないと主張する。

成立に争いのない甲第2号証(本願発明の昭和56年4月3日付け手続補正書)によると、本願明細書の第2頁第2ないし第5行に、「締着部材による締着以後における緩みの発生状態は、その締着したその圧力によつて、締着部材の各係圧部面が日数の経過により自然的に順応し僅かな一次緩みが必然的に発生する。」と記載されていることが認められ、この記載によると、本願発明について原告がいう一次緩みとは、自然に発生する緩みを意味しているものと解される。

一方、成立に争いのない甲第3号証(引用例)によると、引用例記載のものは「軽合金製ロードホイール用座金付ナツト」の考案であつて、引用例には、審決認定のような事項が図面とともに記載されており、その実用新案登録請求の範囲に「該座金と前記ナツトとが接する部分を互いに相応するテーパ面に形成しナツトの緩みを防止した」との記載があり、また、第2図、第3図及び第5図には、ナツト1aと座金2aとの係合(接触)面をテーパ面に形成して、両者の接触面積を拡大した構造のものが記載されていることが認められる。引用例には、ナツトの緩みの発生原因についての明記はないが、右認定の引用例の記載からすると、引用例記載のものも、ナツト1aと座金2aとの接触面積の拡大により摩擦力を増強してナツト1aの緩みを防止しようとするものであり、本願発明における「一次緩み」の発生の防止を目的としたものであることは、当業者の技術常識上、自明のこととして理解されるというべきである。

原告の前記主張は理由がない。

2(1) 原告は、本願発明においては、「一次緩み」を排除するため、締着力で周開された座金の強い周縮作用力と座金受圧面の凹状斜面とナツト押圧面の凸状斜面の係合を利用することにより、強い締め圧力の二次締着力を生起させ、この二次締着力によつて「一次緩み」を自動的に排除するのに対し、引用例にはこの点についての記載がなく、引用例記載のものでは、普通鉄の座金であつて弱い周縮力しかなく、さらに過大周開するから、強い周縮力を必要とする「一次緩み」の排除をすることはできないと主張する。

(2) 前記の本願発明の要旨によると、本願発明では、座金が「締着時に周開した際元の位置に戻ろうとする上記締着力に適合した所要の弾性を有しその受圧面を該凸状斜面にほぼ合致する断面凹状斜面に形成し被締着物を一次締着する際その凹凸状斜面を係合して該座金を外周方向に斜圧周開しその座金の弾性による周縮作用の二次締着力を生起させこれを上記一次締着力に付加しその蓄積した二次締着力によつて上記締着部材の各係圧部面に自然的な緩みが発生した際に自動的にこれを排除する」のであるから、原告主張のように、二次締着力を生起させるものであり、これは、別紙図面(1)でいうと、座金1の弾性によつて生じる周縮力で、ナツト7の頭部を引き上げる力であるということができる。なお、前掲甲第2号証によると、右の一次締着力とは、締着部材の「締着部面と座金受圧面の凹凸状斜面を係合させて」(本願明細書第2頁第15、第16行)得られるものであつて、ナツトが被締着部材に働く力であることが認められる。

そして、二次締着力を一次締着力に付加し、その蓄積した二次締着力によつて「自然的な緩み」を自動的に排除するというのが本願発明の要旨とするところである。

(3) なお、前記(1)の原告主張は、「一次緩み」を排除するには、座金の強い弾性による強い周縮力を必要とする旨の主張を前提とするものであるところ、座金の強い弾性は、座金の材質に起因するものであるのに対し、前記の本願発明の要旨によると、本願発明においては、座金の材質について限定されていないところであるから、原告のこの前提をなす主張部分は、本願発明の要旨に基づかないものであつて、理由がない。

(4) 他方、(イ)前掲甲第3号証によると、引用例記載のものにおける座金(平座金2a)も受圧面を凹状テーパ面に形成している点以外は通常の座金の構成を備えているものと認められ、通常の座金は中実環状の板体でその全周において切れ目がないものであること、(ロ)前掲甲第3号証によると、引用例には座金(平座金2a)の材質についての記載がないことが認められるから、その材質には限定がなく、通常の座金と同様に、鉄、鋼、諸合金、合成樹脂等を含むものということができ、そうすると、引用例記載のものの座金は、右(イ)の点とあいまつて、座金が通常有している所要の弾性を有するものであると認められること、(ハ)ナツト等の締着部材による締着は、締着部材が破壊しない限度の締着力によつて行うことが技術常識であるというべきであること、(ニ)右甲第3号証によると、引用例においては、座金とナツトとの係合角度(テーパ面を形成する角度)についての限定的な記載がないことが認められるが、前記1で認定したように、引用例記載のものはナツト1aと平座金2aとが係合する面をテーパ面に形成しているものであること、以上の点を合わせ考えると、引用例記載のものにおいても、締着部材(ナツト1a)を、それが破壊しない限度の締着力によつて締着すれば、座金(平座金2a)は、ミクロ的に外周方向に周開するものということができるのであり、この周開に伴う周縮作用によつて、本願発明と同様の二次締着力を生起させることができ、二次締着力を一次締着力に付加し、締着部材(ナツト1a)の各係圧部面に自然的な緩みが発生した際に自動的にこれを排除することとなるのは、自明のことであるということができる。

3  そうすると、引用例記載のものは、本願発明とその目的を同じくし(前記1)、また、その座金が締着時に周開した際元の位置に戻ろうとする締着力に適合した所要の弾性を有している点(前記2、(4))及び前記「一次緩み」が発生した際に自動的にこれを排除する点(前記2、(4))において、本願発明と構成及び作用効果を共通にするものというべきであり、本願発明と引用例記載のものとは、審決が相違点として摘示した叙上各点においても何ら相違するものではなく、両者は実質的に同一のものということができる。そして、このことは、本件における被告の主張がその実質的趣旨とするところであると解される。

したがつて、審決が両者を非同一とする前提に立つた上、本願発明は当業者が引用例記載のものに基づいて容易に発明をすることができたとしたのは、その前提の認定、判断において誤りといわざるを得ないが、本願発明と引用例記載のものとが実質的に同一のものと認めるべきものである以上、本願発明は特許を受けることができないとした審決の判断は、結論において正当として是認すべきであり、前記認定、判断の誤りは結論に影響を及ぼすものではないというべきである。

3  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(蕪山嚴 竹田稔 塩月秀平)

<以下省略>

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